
古野電気労働組合 小川亜登務
あの時は、期間を通して本当に暑かった。ある意味、天気に恵まれて順調だったことは有り難かった。だが、正直あの祭りへの参加は、齢50を越える身としてはやはり辛いと感じていた。
元々、自身としては、高田松原の復活へのお手伝い、というのが第一の目的だった。故に、そこでの作業を期間通して出来るものと、参加を決めた当初は思っていた。だから、祭りへの参加は、私にとってあくまで「ついで」に過ぎないぐらいのウエイトしかなかったのだ。
しかしである。祭りが始まり、「前夜祭」と翌日の「本祭」に参加してみて、考えが180度変化した。
確かに、暑いし、体力的に辛い。それは、何も変わらない。だが、山車を引き終えたときに感じた達成感は、仕事でもプライベートでも滅多に感じることの出来ないものだ。高揚感。達成感。一体感。色々な言い方があるが、そのすべてを一度に感じることが出来る素晴らしいイベント。そう感じることが出来た。
祭りの開催そのものが、人数的にも地域の年齢的にもかなりの困難が伴うものだということも何となく感じられた。だからこそ、私たちがお手伝いする意味があると思うし、手伝う甲斐があるとも思う。地域の方々と一体になって祭りを盛り上げることの素晴らしさを感じることが出来てよかったと心から思う。
地震の被害は、私が考えていた以上に凄まじい。テレビやインターネットの映像では散々見たが、それを知った上で見聞きする皆さんからのお話は、とても心に響いた。過去、阪神大震災を経験した身としても、両震災の教訓を忘れてはならないと改めて感じたし、日頃の準備が如何に大切かも再び心に刻むよい機会となった。
復興は、着実に進んではいる。だが、地元の皆さんが仰るように、未だ道半ばであるのは一目見、一度聞けば直ぐにわかる。私たちとしても、七夕祭りを今後もお手伝いし、これからも祭りを存続させていくことが、地元の皆さんにとっての心の拠り所となっていけば最良であると心から思っている。
そして、私がお手伝いした「松苗の育苗」が将来実を結び、地元の誇りであった「高田松原」の復活に繋がり、そこに住む人々の「心の復興」に繋がればよいと心から願っている。